2007年 11月 30日

小銭入れをなくした

いま、仕事は「生みの苦しみ」。

僕にとって腕時計の中身を設計するのは初めてだからなおさら苦しい。今週はじめに先生に会ったときに、おおよそこういう風な感じでデザインしてといわれて、見せられたのがほんとに一筆書きの一本線。もちろんそれで、彼のいいたい雰囲気はわかる。が、それをあの小さな腕時計の空間に実現するとなると、正直苦しい。

僕の後ろに座っているハンスは文字盤と針の専門デザイナー。その彼が教えてくれた、ともかく頭で考えてないでどんどん図面に落とす、そして印刷なりして目で見てみる。そうやってどんどん改良していくんだよ、と。確かにそれは正しい。頭の中で想像して、こりゃダメだ、なんて思っていても始まらない。ダメもとでいいからCADでどんどん具体的に3次元化していく。そうすると、思っていたほど悪くないじゃないか、ということになったりする。

それと、デザインの最終決定権は僕には無いわけで、そうなると僕の役割はできるだけたくさんのデザインの可能性をVorschlag示すこと。いいとか、悪いとか、そんなことは新米の僕が考えることじゃない、ともいえる。逆に忙しい先生の立場からすれば、君のデザインを持って来い!って言って、僕がこれがいいと思います、なんて言って、ひとつしかデザインを示せなかったら、やってられないだろう。ダメなデザインばかりでもいいから、たくさんの可能性を示せれば、これがいいとか、全部却下とかいう議論のたたき台になる。

ただ今日ちょっとうれしかったこと。その一筆書きのデザインに角ばったところがあって、それをどうにか実現させようと今日までがんばってきた。しかし、どうもしっくり来ない。先生がそういうのを示したから、それを尊重する意味で、その角ばった部分にこだわってきた。しかしデザインしながら、その角ばった部分は全体に似合わない、できればそんなものは無いほうがいいなぁ、と思っていた。
だから、今日は僕が最後まで設計部で働いていたんだけど、帰宅ちょっと前に先生が来たので言いました。「僕はこの角ばった部分が気に入らない」と。そしたら「僕も」って先生がいった。やっぱり感性が同じなんだなぁと思いましたよ。このデザインのアイデアは確かに先生から来たんだけど、僕はそんなことでは腹は立たない。具体的に3D化したから視覚的にその調和の無さがはっきりしたんだから。それより彼の感性を共有できているということのほうがうれしい。彼のその一言で、明日やることが決まった。

調子にのって前置きが長くなってしまいました。小銭を入れている財布をなくしました。一昨日の朝、Apfel Zimt Berlinerを買うときはあったのに、夕方Lidlで買い物のとき、レジで無いのに気づきました。少ない小銭でそのベルリナーを買ったので、その財布に残っているお金は いちおいろ より少ない。だから経済的損失はほとんど皆無。でも、その小銭入れ、以前日本のどっかであったピカソ展で買った、なかなかいいものだったので、それが残念。
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by furtwangen | 2007-11-30 07:14 | 黒い森の小さな町


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