シュバルツバルトな毎日

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2008年 05月 17日

文化の違いかも

少し、昨日の続きを書きます。
僕は昨夏入社したときから、解雇されるんじゃないかという心配を潜在的に持っています。それは時計学校の時も同じ、やっぱり言葉が外国語だから試験で落第、なんていうことはいつでもあり得たからね。

でも、特に最近その危機感を持つのは、4月のバーゼルメッセが終わって、一息ついている時期だからだと、自己分析しています。メッセの準備をしてるころは、本当に超多忙で、会社は僕を必要としている、という実感があったし「はやく一日8時間労働に戻りたい」とも思いました。でも、いま「一日実労8時間」の生活に戻ってみると、会社の雰囲気が穏やかで、労働条件としてはいいんだが、会社は本当に僕を必要としているのかなぁ、と、そういう不安が増幅してくるわけです。ハンブルク行くときに有給休暇とりましたけど、そのための申請書に社長さん、あっさりサインしてくれちゃいましたし。仕事もいまあまり強い圧力はかかってないんですよ。だから、僕がここにいて、会社は利益があるのかなぁ、なんて仕事中にぼんやり思ったり。

そんなときに「僕のArbeitsstelleを脅かす」んじゃないかと被害妄想をかき立ててくれる求人広告が出たもんですから、こりゃ、ちとヤバイな、と。僕はやっぱり言葉の問題がありますから、そういう意味では、優秀な人がきて、仕事内容がバッティングするようだと、まぁ不利ですな。

ただ、これもひとつの文化の違いかもしれない、とも思います。
やっぱり僕は日本人で働き方も日本人仕様にできているみたい。つまり自分のもてる時間と能力を精一杯、会社のためにつぎ込んだときに、会社における自分の存在意義を感じる。
だけど、ドイツ人、特にこっちのサラリー労働者は、まず私的な生活が優先でしょ。こっちの人の「やることが多くて時間がない」っていう断り文句はあくまで8時間労働内での話で、プライベートな時間まで捧げるつもりはないですよ、普通は。日本人の背広着たサラリーマンが「時間がない」って言ったら、本当に終電まで残業して、これ以上働いたら、心臓の鼓動が不規則になって体が壊れるって感じでしょ。

つまり、8時間労働を毎日厳守できて、穏やかに会社の一日が終わっても、それは必ずしも会社が僕を必要としていないというシグナルではない、とも考えられる。僕の労働美学が日本仕様のせいで、ここの本来の穏やかな労働条件を享受できないでいるんでないか。それどころか焦りさえ感じてしまう。

その焦燥感が今の僕のベースにあるように感じます。
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by furtwangen | 2008-05-17 08:43 | 黒い森の小さな町


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