シュバルツバルトな毎日

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カテゴリ:時計学校@Furtwangen( 67 )


2006年 10月 29日

ドナウの水源

古い写真を持ち出して、今日はフルトワンゲンの紹介をします。
この町は僕がこの夏まで3年間住んだ町です。黒い森の奥深く、標高およそ900m、人口9700人の町で、鉄道の来ない陸の孤島。こんな小さな町にドイツ最古の時計学校があり、またドイツ最大の時計博物館があります。そしてもうひとつフルトワンゲンにあるすごいもの。それがドナウ川の水源です。僕は3年前、この小さな町に来てからすぐにこの水源を見に行きました。フルトワンゲンの郊外およそ7km離れたところにあります。

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もちろん車などありませんから、一人でポツポツ歩いていきました。大まかな地図はあるものの、人通りもなければ案内標識もない、あるのはただただきれいな景色と牛くらい。そんなとこ一人で90分も歩いていると本当に不安です、この先本当に水源があるのかと。ドナウの源流が最初に流れ込む町がフルトワンゲンですから、町を出発してから、常にその流れを見失わなければ、水源に着くはずだという信念だけで歩いていました。

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これがドナウ川の水源です。ドナウ川はドナウエッシンゲンに水源があるのでは、とお思いの方もいるでしょう。確かにドナウ川はそこでVillingen方向から来るBrigach川と我がフルトワンゲン側からくるBreg川が合流するところから始まります。しかし、上の写真の銅版によると
An dieser Quelle beginnt die geographische Laengenmessung der Donau. Deutsche Donaulaenge 647km
この水源(つまりBreg川の水源)からドナウ川の地理学的な長さが測られる、とありますからドナウの水源はここフルトワンゲンにあると言っていいでしょう(笑)。(Brigach川よりもBreg川の方が5kmほど長いので、こういうことになります)

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ドナウ源流の最初の最初の流れ。この横にもう一つ銅版があります。

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Donau-Quelle
Hier entspringt der Hauptquellfluss der Donau, die Breg, in der Hoehe von 1078m ue.d.M.,2888km von der Donaumuendung entfernt, 100m von der Wasserscheide zwischen Donau und Rhein, zwischen Schwarzem Meer und Nordsee.
ドナウの泉
海抜1078m、ドナウの河口(つまり黒海)から2888km。ここにドナウの主源流、Breg川湧き出す。ここから100mのところにドナウ川とライン川、(つまり)黒海と北海への分水嶺がある。

うん、これだけはっきり書いてくれれば、わざわざ90分もえっちらおっちら歩いてきた甲斐があるというもの。ちなみに、この分水嶺の記述についてはよく分からないけど、地図をみるとこの水源から300mくらい離れたところにGriesbachという川の水源があって、この川は最終的にライン川に流れ込む。だから、この2つの泉の地下水源は同じだと言いたいのだろうと思います。

ちなみにドナウの水源については、この水源のすぐ近くにあるレストランのパンフレットにこんなことが書いてある。
Das Universallexikon des Grossherzogtums Baden stellte diesbezueglich bereits 1847 fest:
"Donau, der groesste Fluss Deutschlands, entspringt bei der Martinskapelle in einer wilden und einsamen Gegend des Schwarzwaldes, heisst am Anfang Brege... und bildet erst in Donaueschingen, wo sie sich mit der Brigach vereinigt, die Donau"
このことに関してバーデン大公国の百科事典はすでに1847年にこう確定している。
「ドイツ最大の川ドナウは未開で人気のない黒い森のなかにあるMartin教会(今もある)の傍に湧き起こる。すなわちBreg川に始まり、Brigach川と合流するドナウエッシンゲンで始めてドナウとなる」と。

1029追記:
Manekneko様
最近は一般の方にはあまり面白くない工具の話が続いたので、Maneknekoさんからコメント頂いて、ちょっとホッとしています(笑)。お久しぶりです。

Donaueschingenの泉
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ドナウエッシンゲンの方が泉としての演出がうまいですね。駅からも歩いて数分で立地条件もいい。フルトワンゲンの泉も良かったですが、もう一度行きたいかと言われれば、歩いてはもう結構って感じです(笑)。帰りもてくてく歩きました。後で、住んでいたJugendwohnheimの寮長さんで 豚を丸一匹食べたのかと思いたくなるようなお腹パンパンの神父さんにそのことを話したら、フーフー言いながら、「歩いて? 信じられない!」といって驚いていました。
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by furtwangen | 2006-10-29 20:28 | 時計学校@Furtwangen
2006年 10月 04日

工場でのドイツ語 もう一つ

今日もしとしと雨。祭日だから買い物が出来るわけでなし、一日中、土の中にいました(僕の部屋は地下室)。ですので、またドイツ語の話。昨日のSchicht!に続いて僕が工場で覚えた単語について書きます。
それはSpringerという単語です。

僕の時計学校のクラスは全部で8人、とても少なかったです。クラスの雰囲気は、200人300人収容できる階段教室で授業を行う大学よりも、小学校の教室に近いです。クラスで知らない人はいませんし、担任の先生とは常にコンタクトを持っています。座る席も決まっています。欠席、遅刻、早退のときは必ず断らないといけません(職訓ですからね)。そんな訳で、クラスの各々には小学校の時みたいに役割が与えれます。例えば、

ニコはKlassensprecher 学級委員
マニュエルはFegen 床の掃き掃除係り
ヴィクトアはWeisse Maschine 白の印のついた旋盤の掃除
フェリックスはFegen bei Herrn シャンツ シャンツ先生の部屋の掃き掃除。彼は窓際に座っていたのでFensterdienst 窓の開け閉め係りも兼ねていました。

では僕はなんだったかというと そう Springerだったのです。
ヨハネスがSpringer1、僕がSpringer2でした。
さて、Springerって何をするんでしょう。
辞書によると、陸上の跳躍選手とか水泳の飛び込み選手とあります。僕は最初この単語を聞いたとき、スキージャンプの選手を想像しました。いずれにしろ、ぴょーんと跳ぶような人のことを指しますね。
だけど、工場で「ぴょーんと跳ぶ人」になった僕は、何をすればいいのか、どこへぴょーんと跳んでいけばいいのか(笑)
結局フェリックスの説明から、Springerとは交代要員であることがわかりました。
つまりクラスの全員が来ていればすることはないが、例えば病気がちなフェリックスが欠席した場合には、彼に代わってSpringerのヨハネスか僕がシャンツ先生の部屋を箒で掃除をする。なにかとズル休みをするヴィクトアがいなければ、これまた我々Springerが白の旋盤を掃除する、という具合です。

僕は単語の覚えがとても悪いですが、このSpringerの意味だけは一生忘れないと思います。
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by furtwangen | 2006-10-04 04:54 | 時計学校@Furtwangen
2006年 10月 03日

工場でのドイツ語

一日仕事をして、もうこれで仕事終わり!というときにFeierabendという言葉をよく使います。
辞書で調べてみると、「終業」とか「閉店」、「終業後の余暇」なんて書いてあります。
でも実際に使うときは、単純に「今日も仕事が終わった!」、「やっと今日も終わった!」という感じで、ちょっとホッとしたような表情で使ってますね、みんな。
schon Feierabend? もう仕事終わったの?(純粋に訊ねるときもあれば、「そんな訳ねーだろう」という皮肉的な意味でも)この言葉は、工場だけでなく大学やほかのいろんな職場でも使われているんじゃないでしょうか。

僕たちはほとんど同じ使い方で、Schicht!という言葉もよく使います。
Schichtはそもそも「層」とか「膜」とう意味ですね。物理的な層にも使いますし、社会的な層にも使えると思います。そんな意味合いから派生して(ここのへんからは僕の推測です)、交替制の仕事(例えば、朝8時に前の労働者の仕事を受け継いで、午後の5時に次の人にバトンタッチすると、仕事のラインが「層」状にバトンタッチされていくと。)とか、交替の作業員なんて意味にもなってきます。
つまり、Schichtな時というのは、(もちろん始まりのときもありますが)いままでやっていた仕事を、次の交替要員にバトンタッチして、家に帰れる嬉しいときなのです。ですので、たとえ次に交替の人がいなくても、Schicht!(仕事)終わり!ってな使い方になるわけです。
このSchicht!という言葉を、例えば大学の教授なんかは使わないんじゃないかなぁ、と思います。教授がSchicht!って言って帰路に着くのを見たことがありますか。(僕はドイツの大学で勉強したことがないので、本当はどうなのか知りません)

FeierabendにしてもSchichtにしても、「もう君は終わってる(望みなし)」なんていうちょっと絶望的な気持ちにさせてくれるときにも使いますね。
実技試験なんかで、試験の前に先生が言います。
「おのおの1つずつ材料が与えられています。もし、その材料の加工に失敗しても、もう一つだけ上げます、心配しないで。でももし、それも失敗したら、dann Schicht!、Feierabendだからね」
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by furtwangen | 2006-10-03 07:47 | 時計学校@Furtwangen
2006年 10月 02日

工場の張り紙

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この写真はフルトワンゲンの時計学校、Maschinenraum機械室に貼ってある紙です。

「考えなさい」

という意味ですね。作業手順や工具の使い方など迷ったり困ったら、先生に聞くばかりでなく、少しは自分で考えてごらんなさい、ということです。

職訓の生徒さんの中には、自分で考えて、自分で問題解決を試みるということに慣れていない人が多いのです。例えば算数の問題で公式を使って解く問題があるとします。ところが、そこにFormelsammlung公式集がなかったらどうしましょう。日本の高校生だったら、そもそもの理屈を考えて、どうにかしてその公式を導き出して、問題を解こうとするじゃないですか。ところがここの生徒さんはそういう努力をしないんです。彼らがすることは「公式集がないから、無理だ!」と先生に訴えることです。

ちょっと極端な例になってしまいますが、
a=b/c
という公式があって、いま、cを求める問題があるとするじゃないですか。日本の高校生にとっては、もう公式は与えられたも同然、c=に変形umstellenすればいいだけですから。
ところがここの生徒さんは上の公式が与えられていても、
c=b/a
という(彼らにとってはまったく新しい)公式が与えられなかったら、「できない」とふんぞり返るんです。少し考えれば出来ることなのに。こちらの生徒さんは手が動かない(書かない)代わりに、口は軽々と動きますから、出来ない相談はいくらでもします。でも、そういう思考は一向に問題解決に結びつきません。

時計科の先生も時々そういうのにうんざりするんですね。Ueberleg mal! (そんなに人に聞いてばかりいないで)よく考えてごらん!って先生がよく言ってます。それで、こんな紙が貼っているわけです。
ちなみに、Schwenningenの時計産業博物館には、およそ100年前、時計産業がこの街で全盛を極めた頃に使われた機械、工具などが展示され、当時の工場の様子も再現されてます。そこにも上の写真と同じように「DENKE」の紙が壁に貼ってあります。100年前でも職業訓練学校を卒業した人には「DENKE」を促したくなるような雰囲気があったんだなぁと思いました。
そして、この「DENKE」を自分で出来るか否かが、ドイツにおいては、大学に進んだ人と職訓の道を選んだ人との根本的にして最大の違いだと思います。(もちろん職訓の中にも自分で一生懸命考えている人もいますよ。でも、一人で黙って5分、10分熟考できる人が少ないということです。)
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by furtwangen | 2006-10-02 17:34 | 時計学校@Furtwangen
2006年 10月 01日

バス運転手の養成

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これは今年7月の写真。
いつものバスに乗って、よっこいしょと座ると、かわいい女の子がハンドル握って微笑んでいるポスターが目に入りました。
なんだろうと、よく見てみると、バスの運転手さんになるための職業Ausbildungの広告でした。
なんて書いてあるかというと、


バス会社でバスの運転手になりませんか(かなり意訳)

養成期間
3年
養成開始
2006年9月1日から
養成開始の条件
HauptまたはRealschule卒業


うーん、バスの運転手になるための養成システムがやっぱりあるんだなぁ...
養成期間も開始条件も時計学校とまったく同じ。養成の始まる時期も僕のマイスター学校とほとんど同じ。
僕が大学生だったらこんな広告見過ごしていたかもしれないけど、いまは職訓の生徒だから、しみじみ。他人事のようには感じないのです。
この女の子はモデルさんかもしれないけど(だって、こんな可愛いバスの運転手見たことない!)、がんばれ!って応援したくなります。
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by furtwangen | 2006-10-01 23:54 | 時計学校@Furtwangen
2006年 09月 17日

博物館での大胆な窃盗事件

今週アパートの清算をするためにフルトワンゲンへ行った。そのとき家主のヴェアレさんから聞いたんだけど、8月31日にフルトワンゲンの時計博物館に窃盗が入って、ひどいことになったと。僕はフルトワンゲンの最後の一年間、この博物館のすぐ前に住んでいて、僕自身、時計を勉強しているんだから、その博物館をとても身近に感じていた。だから自分の時計が盗まれたんじゃないけど、ショック。とくに今回標的になった懐中時計のコーナーは何度も行ったし、それらの時計があるとないとでは、博物館の重みが変わってくるんじゃないかと思うくらい、とても見応えのある充実した展示だった。

地元の新聞Bregtal Kurierにその記事があるので、今晩はそれを載せます。

Dreister Einbruch im Deutschen Uhrenmuseum

Furtwangen
Am Donnerstag morgen um halb fuenf wurde in das Deutsche Uhrenmuseum eingebrochen. Dabei stahlen die Diebe rund 40 Taschenuhren im Wert von mehr als 100,000 Euro . Die Taeter drangen gewaltsam durch ein Fenster ein und zertruemmerten zwei Vitrinen. Sie hatten es lediglich auf komplette Uhren abgesehen, die ausgestellten Uhrwerke liessen sie liegen. Das Museum ist zwar alarmgesichert, doch bis die Polizei anrueckte, hatten die Diebe bereits das Weite gesucht.
Neben dem materiellen Schaden beklagt das Uhrenmuseum einen grossen ideellen Verlust: Einige Stuecke sind geschichtlich interessante Unikate, wie etwa die aus dem Jahre 1890 stammende Tourbillontaschenuhr von Gustav Jordan mit dem Portraet der zwei deutschen Kaiser Wilhelm Ⅰ. und Friedrich Ⅲ.
Die Hoffnung die Taeter zu finden ist gross, meinen die Verantwortlichen des Uhrenmuseums: nach der Analyse der hinterlassenen Blutspuren und des Videoaufzeichnungen besteht die Chance auf Identifizierung der Diebe. Auch besteht Hoffnung auf das Wiederauffinden der gut dokumentierten Objekte: Das Deutsche Uhrenmuseum gibt die Daten mit Fotos an Interpol, das Art-Loss-Register sowie die Auktionshaeuser weiter.

和訳に挑戦!
ドイツ時計博物館での大胆な窃盗

フルトワンゲン
木曜日の朝4時半頃、ドイツ時計博物館に強盗が押し入った。その際、窃盗犯はおよそ40個の懐中時計(価格にして10万ユーロ以上)を盗んだ。犯人は窓から力ずくで侵入し、2つのガラスの陳列ケースを粉々に叩き壊した。彼らは、ただただ完全な時計だけに狙いを定めていて、展示されているメカニックだけの時計は置いていった。博物館には2つの警報装置が設置されていたが、警察が到着するまでに、窃盗犯はすでに逃亡していた。
実質的な損失のほかに、大きな精神的(?)な損失を博物館は残念に思っている。1890年にグスタフ・ジョルダンが作ったウィルヘルム一世とフリードリッヒ三世の肖像入りのトゥールビォン懐中時計のようないくつかの時計は歴史的に興味深い(唯一の)オリジナルである。
窃盗犯を見つけ出せる望みは大きいと話すのは時計博物館の責任者達。残された血痕と防犯ビデオの録画を解析すれば、その窃盗犯を特定できるかもしれない。(次がわからない、赤字の文章。...der gut dokumentierten Objekteって何だ?) ドイツ時計博物館はインターポール(国際刑事警察機構)、Art-Loss-Register並びにAuktionshaeuserに写真つきのデータを渡す。

この記事を読んでいると、被害総額がいかにも10万ユーロみたいな印象を受けるけど、別の新聞WOM Die Grosse Wochenzeitungによると、記事の中にあるグスタフ・ジョルダンが作ったその懐中時計がおよそ10万ユーロの価値で、それを含む全体の被害額は20万ユーロと書いてある。たぶん、後者の方が正しいと思う。10万ユーロっておよそ1500万円でしょ。約100年前に作られた世界に一つしかないトゥールビォン機構をもった懐中時計なら1500万円はするでしょう。被害総額が1500万円じゃ、ちょっと少なすぎる。
(いま、博物館のHP(写真付き!)見てみたけど、やっぱり、20万ユーロって書いてある。)
まぁ、金額はともあれ、文化的な損失に心を痛める。少しでも多くの時計がこの博物館に戻ってきてほしいと祈るばかり。
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by furtwangen | 2006-09-17 07:08 | 時計学校@Furtwangen
2006年 09月 15日

ド田舎でのお役所回り

さて、来週からマイスター学校が始まります。
新学期のはじまる9月、10月は毎年、滞在ビザ取得、更新の季節であります。そんな訳で、今年も今週からビザ取得の戦いが始まりました。
今回は更新でなく新規に取得です。7月までに時計の職人学校が終わり、ビザが切れました。そして実際に夏の間帰国しました。ですので、9月からの滞在ではマイスター学校へ通うためのビザを新たに取得するのです。夏の間、あまりビザのことをまじめに考えずに、また9月に戻るんだくらいに甘く考えていましたが、一昨日外人局へ行って、喝を入れられた感じです。
外人局曰く、
1.7月まで住んでいたフルトワンゲンへ行って、Abmeldung(転出届)をしなさい。
2.次にこれから住むシュベニンゲンのBuergeramtでAnmeldung(転入届)をしなさい。
3.その後、外人局へ来なさい。
と。つまり、フルトワンゲンからシュヴェニンゲンへ直接引越したとすると、滞在ビザの関係でまずいから、一度完全にドイツから出国したように手続きをとりなさいと。単純な引越しの場合は、最近はAbmeldungをしなくてもいいことになっているそうですが、今回の場合、手続きを明確にするため、事をスムーズに運ぶため、Abmeldungを強く勧められました。

さーて、今晩書きたいことはここからであります。
ド田舎でのお役所回りがいかに大変かということであります。
一昨日外人局で、上述の指摘を受け、そこを出たのが午前9時45分。この勤勉な外国人は早速Abmeldungをするためにフルトワンゲンへ行こうと、バスの時刻表(僕のバイブル)でそこへ行く次のバスを調べます。すると、次のバスは11時20分とあります。しかしこのバス、到着が12時08分。フルトワンゲン市役所はお昼休みが始まったばかりの時刻です。そんな時間にド田舎フルトワンゲンに到着しちゃって、午後の業務再開の14時まで2時間もそこで待っているのは馬鹿馬鹿しい限り。(そこの街は本当に小さくて2時間も暇をつぶすだけのものがないのです。)それならまだ、外人局のあるフィリンゲンに留まっていたほうがいい。そう思って、フルトワンゲン市役所の午後の業務開始後にそこに到着するバスをさがすと、なんと次のバスは13時45分発。

分かっていただけますか。午前9時45分にバスに乗ろうと思って、次に乗るバスが13時45分、4時間後ですよ。こんな怠慢なバスのダイヤがあるかって感じです。これからどんなお役所のたらい回しに合うか分からなくて、それだけでもビザの更新というものはうんざりなのに、このバスのダイヤじゃ、お役所回りが遅々として進まない。

フルトワンゲン市役所でのAbmeldungはほんの10分足らずで終わりました。時に14時40分。さーて、帰りのバスはいつくるかなぁとまた僕のバイブルで探してみると、次は15時47分。また1時間以上の待ち。本当にもうやってられない、忍耐にも限界があるというものです。結局そのバスでフィリンゲンに戻ってきたのが16時34分。それからさらにシュヴェニンゲン行きのバスに乗れば、そこの市役所の業務終了17時ぎりぎり間に合って、上述2のAnmeldungが出来たかもしれない。でももうはっきり言って、ほとほと疲れた。こんなに時間をかけて、バスに揺られて、運賃払って(バスの運賃って安くない)、出来たことはたったAbmeldung一つだけ。もうほんと、やってられない、なんか無力感に近いものを感じてしまう。だから、その日はもう、シュヴェニンゲンの市役所へ行くのをやめた。

フィリンゲンとフルトワンゲンなんて、直線距離にしたら20kmくらい。自動車だったら30分もかからない。なのに、結局Abmeldungをするだけのために朝9時45分から16時34分まで、実に7時間を要したって事。

ちなみに、こうなっちまう背景を客観的に説明すると、バスの運行に関して次の2つのことがその原因としてあげられます。
1.田舎のバスというものは、一言でいえばスクールバスです。午前9時以降、お昼休みの12時頃まで、それと午後の2時、3時前後、バスの便数が極端に減ってしまいます。週末も便数はとても少なくなってしまいます。それが一つ。
2.今週まで僕の住んでいる地域(そして多分、僕の住んでいる州)はまだ、夏休みなのです。したがって、普段でもただでさえ少ない便数が、休暇を理由に、極めて、極めてその本数を減らすのです。
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by furtwangen | 2006-09-15 06:44 | 時計学校@Furtwangen
2006年 09月 03日

ケトラーさん(2)

フルトワンゲンにはケトラーさんという姓が多いという話のつづき。
こういうのをちゃんと調べようと思ったら、電話帳でも引っ張り出してくればいいんだろうけど、面倒だからそんなことはしない。
ケトラーさんに次いで多い名前がWehrle(ヴェアレ)さん。

a0207111_5101613.jpg街の中心にある時計屋のWehrleさん。僕はこの時計屋さんの上に住んでいた。この時計屋さんは歴史が100年以上あって、時計ブランドとしてこのWehrleの時計は日本でも売られています。


a0207111_5111714.jpgこれは何の工場だか分からないけど、学校のすぐ近くにあるWehrleさん。
ちなみに、僕はちゃんと調べないで、生活実感として書いているから、このWehrleさんが本当に二番目に多い姓かは、知らないからね。


三番目に多い感じがするのがDold(ドルト)さん。時計学校に入学したときにいた小さくて可愛い、無口な女の子の名前がDoldだった。彼女は数ヶ月後に、自分はいかにも時計職人に向かないと悟ったのでしょう、保母さんの道を歩むために学校を辞めていった。

a0207111_5123937.jpg何の工場だか知らないけど、フルトワンゲンにある3大メーカーのひとつ。


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a0207111_514861.jpgこれらもなんだか知らない。Voerenbachにある。


a0207111_516071.jpgVoerenbachの喫茶店。


黒い森に点在する小さな町々を旅すると、これらの名前が必ず目に入ると思います。
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by furtwangen | 2006-09-03 21:13 | 時計学校@Furtwangen
2006年 09月 02日

ケトラーさん(1)

いま僕が住んでいる周りには「鎌田」さんという名前の方が多く住んでいる。
フルトワンゲンにもそういうのがあって、そこにはKetterer(ケトラー)さんがたくさん住んでいる。
僕が最初に出会ったKettererさんは社会科の先生。その後も町を歩いているといろんなKettererさんがいることに気づく。
a0207111_4553345.jpgパン屋のKettererさん


a0207111_4562674.jpg変速機か何かを作っているKettererさん

a0207111_4572817.jpg鋳造?のKettererさん


a0207111_458638.jpgフルトワンゲンからバスで5分くらいのところにあるReifen Kettererと書いてある建物。多分、自動車整備をしてくれるKettererさん

a0207111_4592862.jpgフルトワンゲン市のVoerenbachにあるパン屋のKettererさん。百万人都市の話じゃなくて人口たった一万人の町でパッと見、これだけケトラーさんがいるんだから、大したもの。

a0207111_501189.jpgフィリンゲンにあるホテルKettererさん

a0207111_514947.jpgこれもフィリンゲンで、飲み屋のKettererさん。右下に小さくKetterer sind Netterer.ケトラーはみんな親切、なんてつまんないダジャレが書いてある(笑)

a0207111_523786.jpgフルトワンゲンからフライブルク方向へバスで15分ほど走ったところSimonswaldにあるパン屋のKettererさん

写真はないけど、さらにそのバスに乗っているとKetterersaegeケトラー製材所がある。
ケトラーさんという名前は、フルトワンゲンだけじゃなくて黒い森の南部全体に多くある名前だと(勝手に根拠lessに)思っている。
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by furtwangen | 2006-09-02 15:47 | 時計学校@Furtwangen
2006年 08月 24日

開封無効

今日は警視庁へ行って、先週お願いしておいた無犯罪証明書をもらってきた。
何語で書かれているのか実際に見てみたいところだけど、
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であります。開封無効。(写真の2文字目、簡単そうだけど難しい漢字だねー。開封無効の封印以外に使うことあるのかなぁ)
無効になっちゃ困りますから、開けないでそのままマイスター学校に提出します。
ドイツの証明書はBonnから郵送で送られてきました。だから郵送のための封筒に入っていましたが、それは開封無効のための封筒じゃない。だから、マイスター学校に提出するときはその郵送用の封筒から出して、証明書だけを提出しました。

日本は「開封無効」が好きですね。そういう書類がたくさんある。大学の成績書や卒業証明書も開封無効でしょ。僕はまだたった3年間しかドイツにいないけど、いままでそういう証明書や書類に出会したことがない。
ドイツでは開封無効な封筒を使わなくても、その証明書が効力を失わない、その理由を日本のお役所はもっと研究してみたらいかがでしょう。

この封筒には、つぎのようなことも書かれています。
「証明書を提出しなかった場合には未開封のまま発給庁へ返納して下さい。」
なんで、こんな断り書きがあるんでしょう。封を開けて自分の机の引き出しに静かに保管しておくとなにか不都合でもあるんでしょうかね。

0903追記:
H.Suto様
開封無効の封筒、封緘してあるのは上だけで、下にはありません。
確かにその気になれば下から封を開けられますね、気づきませんでした。
それから、中野学校というのはスパイ養成学校だったそうで、そのことをはじめて知りました。どんな学校だったのか興味あります。
来週ドイツに戻ります。
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by furtwangen | 2006-08-24 22:09 | 時計学校@Furtwangen