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2008年 04月 30日

また会社の写真

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以前にも載せましたが、扉なしの飛び乗りエレベーター。
上の階と下の階を一緒に撮ったら面白いかと思って載せます。

僕の部屋からは、正面に
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が見えます。随分古い西暦が書いてありますが、「意志のあるところに道は開かれる」というようなことが書いてあります。我々労働者の方に向いているということは、「労働者よ!漫然と働くな!」と当時のお偉いさんたちは言いたかったのでしょう。そしてこのスローガンがいまも撤去されないということは、今の僕たちも意志をもって働かなきゃいけないってことです、ね。まぁ、それにしてもリボンがたなびいちゃってるあたり、随分洒落た看板だなぁと、午後、睡魔が襲ってきて働くモチベーションがグッと下がってくる頃、ぼーっと眺めてますよ(笑)

今日帰りに撮った写真。帰宅のときでもこんなに明るくて、ありがたい。これからもっと日が長くなるからなお嬉しい。ちなみにこの建物は会社の敷地内にある別の会社の建物です。こんな工場の建物に様式なんてない、と思うかもしれませんが、たぶんHistorismusの様式です。
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明日行くと、木曜からBrueckentagで、会社は事実上4連休です。明日は特に重要なことないですが、取説の翻訳を出さないといけません。
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by furtwangen | 2008-04-30 06:32 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 28日

出窓の街

この週末はいいお天気でした。
土曜日は久しぶりに遠出したくなったので、カールスルーエまで行こうと勇んで家を出ましたが、バスの時刻表を読み間違えたことがバス停着いて判明、もう20分前に僕のバスは出ていました。次が来るまで3時間待ちで、とてもじゃないですがそんなの待っていられませんから、急遽予定変更、ほかのバスの時刻表を見て、ロットヴァイルへ行くことにしました。バスの運転手さん珍しく親切な人で、今日往復するなら、一日有効券の方がお得なこと、それから最近になって、この路線バスは市の中心部には乗り入れなくなったので、帰りは「ここのバス停から乗るんだよ!」って運転しながら指差して教えてくれた。
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天に抜けるようなすばらしい眺めの朝市。

で、この街は出窓の付いた家がたくさんあります。
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いろいろあって見ていて楽しい。
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そして、みな個性的というか画一的でないというか、はっきりいって歪みまくってます(笑)建物も、出窓も。
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ちょっと顎が外れた感じ。それはともかく、窓の下を見てください。Fasnetのナローさんが彫ってあります。僕の町もそうですが、ここロットヴァイルやフィリンゲンなんかは、Fasnetの古い歴史を持っていますから、2月のあの時期でなくても、街のいたるところにナローさんがいます。
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建物が斜めって、屋根がもうねー、すごいね(笑)

0429:H.Sutoさん
あのクレーンは、どのくらいの強度があるのかなぁ、と思っていつも見ています。
グランドピアノを持ち上げられますかね。あんな重いもの持ち上げたら、クレーンとその出っ張り小屋ごと通りに落っこってくるんじゃないかと、いつも想像してます。

0507:紅蓮さま
レンタカーで行かれるのでしたら、Furtwangen郊外にあるドナウの水源に行かれたらいいのに、と思いました。
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by furtwangen | 2008-04-28 06:03 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 26日

会社の写真

今日は写真だけの更新です。
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玄関ホールから更に中に入るところにあるかなり大きい扉。毎朝この扉をぐいっと押して中に入る。
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入ってすぐ上を見上げたところ。
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階段を上っている途中で撮ったところ。古い建物だから汚いけれど、趣がある。

暖かくなってきて、会社帰りに通る商店街も随分たくさん人がいる。日も長くなってきて、今までみたいに「暗くなったら夕食」なんてお天道様任せで生活していると、いつの間にか夜9時、10時になっている。夏へ向かって日が長くなるのは喜ばしい限りですが、ちゃんとしないと寝不足気味になって体調がおかしくなってきます。
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by furtwangen | 2008-04-26 05:36 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 23日

方言のはなし

久しぶりにここの方言について書きます。
ドイツ語に興味のない方は、ちと面白くないかもしれませんが、苦い薬を飲むときみたいに我慢して最後まで読んじまってください。

まず、jetze!という言葉。本当にこう綴るかは知らないですけど、みんな「ぃエっツぇ!」と言ってます。これは多分間違いなくjetzt「いま」という単語からきてます。で、意味も大して違いはないのかもしれないけど、僕の感覚では2つの用法がありますね。
ひとつは、最初はよく理解できなくて顔をしかめていたけれど、周りがいろいろ説明してくれたおかげで、「やっと、分かった!」とか「そういう意味か!」みたいなときに「jetze」といいますね。短く発音する人もいますし、「な~~るほど」みたいに少し延ばす人もいます。これはもしかしたら標準語でもこういう使い方をするかもしれないけど、ここに来て頻繁に聞くようになりました。
それからもうひとつ。電話に出るときの第一声、「jetze!」「もしもし!」とか「なんだい?」みたいな感じ。下品とまでは言わないけど、ちょっとぶっきら棒みたいな感じがあると思います。だから気心の知れた仲なら問題ないでしょう。「あ~、いま電話来ちゃった、ちょっと待ってろ、ここまでやっちゃうから」みたいな感じで、「さて終わった、なんだい用件は?」っていうニュアンスだと思います。
ちなみに標準ドイツ語のjetztの発音は、ここでは「ぃエチュt」とtzの発音が「チュ」になっちゃいます。

それから、2月のFasnet(ファスネッtじゃなくてファシュネッt)のときの話になってしまいますが、ここではお祭りの行列のときに「ホ~リック!、ホ~リック!」と叫んで歌うんです。それでこの言葉に少し興味があったんですけど、そのときの新聞にあった銀行の広告に、こう書いてあったです。
Hoorig, hoorig, hoorig isch dia Katz un wenn dia Katz it hoorig isch no g'faellt se dene Maidle nit...
分かんないでしょう(笑)ここの方言の発音どおりに綴ったみたいで、特に僕が嬉しかったのはistに相当するischという単語、綴り。ここの人はistを本当にischって発音する。

最近、その標準ドイツ語訳を手に入れたので訳してみると。
Haarig, haarig, haarig ist die Katze und wenn die Katze nicht haarig ist, gefaellt sie deinem Maedchen auch nicht...
(確かにここの人はnichtをnit(にッt)って発音する)

(訳)猫は毛むくじゃら、もし猫が毛っぽくなかったら、あなたの娘も好かれない(嫌われる?)

意味は正直よく分からない。この歌はとても古くからあるらしくて、昔は子供が各家を回って、玄関先でこれを歌って、飴とかをおねだりしたらしい。
それと猫というのは魔女の化身だと思われていたそうです。そういう昔の習慣とか冬の暗くて厳しい寒さとかを想像すると、この歌詞の意味もなんとなく分かったような、(分からないような)感じになります。
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by furtwangen | 2008-04-23 06:15 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 22日

そろそろ休暇

メッセが終わって、社長さんも一息つきたいのでしょう。水曜日まで休暇で、どっかにスキーに行ってるらしいです。今日はおまけにクリスチャンまで風邪で休んでいましたから、事実上、僕を監視する立場の人がいないです。そういうのって気楽です(笑)

メッセが終わるまで、僕がいつも会社で使っているソフトのバージョンアップを見送っていましたが、そろそろバージョンアップしようということで、ネットの管理人のカオフマンさんが僕に尋ねました。「こんどいつ休暇取るの?インストールしたいんだけど、3日間くらいほしいんだけど。」3日もかかるの?って思ってしまいましたが、まぁ、それだけじゃなくて管理者としてはこの辺でいろいろいじって調整したいんでしょう。

だから取りますよ休暇。
でもですね、休暇って自発的にとるもので、「そろそろ取りませんかねー」って人に言われることじゃないですよね。その辺がちょっと引っかかるんだけど。

でも僕はなんでもプラスに捉えるほうなので、そろそろ休暇をとるか、と。僕、一人もんですし、健康で疲れてなかったら、あんまり休暇いらないんですけど、でもだから他人様に背中押してもらって、休暇取らないと年末に有給休暇が余っちゃうかもしれないしね。

で、いつとろうかと思って今朝カレンダー見たら、五月のカレンダーには祝日が随分散らばってますね。僕はまぁ、いつでもいいので、カオフマンさんと相談して決めようと思ってます。

話しは変わりますが、一昨日食べたインスタントラーメン
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賞味期限内なのか、もう過ぎたのかよくわかんないですね。今のところお腹悪くなってませんから多分期限内だったのでしょう。日本だったら駄目だったかもしれないですけど、ドイツだと賞味期限内っぽい年月日ですから大丈夫だったみたいです。
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by furtwangen | 2008-04-22 07:02 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 20日

母国語と父国語

今日は、時折雨がぱらつくお天気でしたが、夕方になって明るいいい天気になって、ずいぶん日が長くなってきたなぁ、と思いました。夕方の6時半頃、外を徘徊してましたけど、お日様がまだ森の山の十分上にあって、こりゃ7時になってもお日様はいるな、と。まぁ、こんな季節の移ろいを感じて街を歩いている辺り、僕も随分歳をとったものです。

昼に買い物に行ったとき、会社のアルバイリさんに会いました。この町小さいですから会社の人にはよく会います。

この人は部品の在庫と時計の組み立て辺りの部署の責任者で、体は小さいんだけど、「わたくし、しっかりしてます!」みたいなオーラがある人。話し方もとてもハキハキしている。で以前、僕が部品を磨いているときに話をしたんだけど、この人は2歳の時にトルコから移住してきたトルコ人。で、それ以来ドイツにいて、育ったって言うから、「ドイツ語はもう母国語(Muttersprache)みたいなもの?」って聞いたら、「母国語じゃなくてVatersprache(父国語)」だって。面白いこと言うなぁ、と思いましたよ。Vatersprache(父なる言葉)という言葉は、普通ドイツ語にはないはず。でも「やっぱりMutterspracheはトルコ語で、外国語っていうと英語。だからドイツ語はVatersprache」と言っていました。なんだかとても分かる気がします。いくら学校や会社で必要な言葉がドイツ語でも、育ててくれた親や兄弟と話す(話した)言葉がMuttersprache母国語であり続けて、そう簡単には変わらないのかもしれない、というかそれだけ親の影響というものがすごいんだとも思いました。

僕の場合ドイツ語は、そうね、99%外国語だけど、毎日それだけで生活してるから1%くらいVaterspracheになったって言ってもいいかな。
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by furtwangen | 2008-04-20 07:05 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 13日

凱旋報告会

だいたい僕のブログはタイムリーでなくて、数日前とか一週間前の話を書いてしまいます。
その日にあったことは、数日後に頭によみがえるように僕の脳みそは出来ているらしいです。

ということで、今日は2日前の金曜日の話。

午前の10時半に「11時に会議室に集合」という連絡が回ってきて、さて、そろそろ仕事が始まるかなぁ、と思って図面と筆記用具を持って会議室に行きました。メッセの始まる前は仕事が大変でしたけど、始まってからは会社全体の雰囲気が一息ついた感じ。体を無理してがんばってきた人にはいたわるような、そんな感じでした。しかし、いつまでもそんな雰囲気が続くわけもなし、金曜日に社長さんがメッセから帰ってきたので、そろそろ仕事再開かな、と。

で、会議室にいったら秘書のひとが、グラスにシャンパンを注いでるですよ(笑)。そうね、グラスの数20くらいだったかな。昼からシャンパンとなると、日頃アルコールを飲まない僕はほとんどイチコロ、午後は仕事できなくなりますけど、ともかく難しい仕事の話でなくて、社長さんの凱旋帰社に伴うメッセの報告会なのでありました。

集められたのは主に僕の設計した時計に関わった人たち。フライス加工や旋盤仕事の現場の人、鋼部品の熱処理をしてくれる人、レーザー加工の人、部品の磨き、仕上げをしてくれた人(僕もした)、ネジの青焼きをした人、それから普段、機械時計の組立作業の責任者とか、それからもちろんケースや文字盤、針のデザイナーとか、そういう人たち。
僕とこのプロジェクトの実質最高司令官であるクリスチャンは、メッセの始まる当日の朝まで追い込み作業でその時計を見続けてきたけれど、そのほかの人はまだ出来上がった時計を見ていないんです。自分ががんばった部分が、時計のどこに反映されているのか、これを実際に見て知るというのは、非常に非常に大事なこと。社長さんである先生はその時計を実際にみんなに出来るだけはやく見せたいんでしょう。今回はプレスの反応もすごく良かったし、ライバル会社の人もみに来てびっくりしてたし、実際にこれこれこれだけの受注があった、なんて話しに続いて、その時計を見せてもらえば、我々労働者にも誇りと、さらなるモチベーションが生まれるというもの。
同じ時計を見るんでも、文字盤のデザイナーは文字盤ばかり見ているし、ケース担当の人は、ケースが腕にしっくりくるか腕にはめてチェックしてるし、ネジの青焼きをした人は、裏からルーペでメカを覗き込んでるし。別の社長が「これで君も本当のムーブメントデザイナーだな」と僕に言ってくれたけど、嬉しい反面、そういう大そうな肩書きは嫌だなぁと。僕は次男で少しヘソ曲がりなのかもしれないけど、もう少し実績を積んでからにしてほしいなぁ、なんて思った。まぁ、ともかく社長さん達、ご機嫌でしたからよかったです。

0415追記:
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これが前回の記事で触れた防空壕の入り口。扉を開けるとものすごく長いトンネルがある。
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by furtwangen | 2008-04-13 07:57 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 12日

追悼の部屋

僕の働いている会社は、最近はパッとしませんが、歴史ばっかりは長いのであります。
僕が実際に働いている建物も、創業当初に建てられたもので、建物の中や敷地を歩いていると、その歴史の重みを感じちゃったりするのであります。以前にも、防空壕について書きました。実は昨日、もうひとつ別の防空壕を見つけました。いつもその入り口の扉の前を素通りしてましたが、いつも閉まっているので気づきませんでした。昨日は珍しく扉が開けられていて、中をチラッと見たら、恐ろしいくらい長ーい真っ直ぐなかまぼこ型のトンネルが掘ってあって、その左右の壁に穴がいくつも開いてましたから、そこからさらに左右に広がっているのでしょう。

ところで、僕がいつも使っている建物の入り口は、正面の入り口じゃなくて建物の右端にあります。最近、亜麻仁油が塗られて生き返った巨大で重たい木製の扉で、そこを入ると十畳くらいの広さのホールになっています。そしてその右に
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こんな部屋があります。
入社したころは、守衛さんの部屋かなぁ、なんて思っていましたが、人がその部屋にいたためしがないので、よく見てみたら、どうも過去の戦争に散った同僚を追悼する部屋なのです。
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「1914-1918
あなたの(我々の)仕事場から戦場へ赴き亡くなった人たちに敬意を表して」
第一次大戦で亡くなった同僚の追悼板のようです。左右に、戦死した同僚の名前と(多分)所属部隊、生年月日と亡くなった日、場所が記されています。

左上の壁には
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「祖国のため、我々の製作所で共に働いていた多くの仲間が戦死した。
1939

世界大戦
1939
1945

784人 戦死
288人 行方不明

会社はこの人たちのことを悼む
1952 1月1日」
と、まぁひどい訳ではありますが、そんなことが書いてあります。
出兵して千人以上の同僚が帰ってこなかったんですね、本当に痛ましい、大変な過去です。
写真の画素が悪くてはっきり読めませんが、「この戦争の犠牲者の名前は、最終的に本に登録、書き込まれます。○○さんの秘書のところにあって、いつでも閲覧できます」というようなことが書いてあります。犠牲になられた方の人数が多すぎて、銅版に彫ってられないんでしょう。「秘書のところにある」とは言いますけど、この写真をよく見ると真ん中の四角い木枠の右端に兆番が着いている。だからきっと、この木枠は扉で、いまはその扉の中に、その記録された本が入っているんじゃないかなぁ、と思います。
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本当に重い過去だと思います。僕は毎朝、毎夕この部屋の前を通ります。つまらないことで悩んだり、ひねくれたり、舞い上がったりする僕を、少なくともこの部屋の前を通る時だけは諌めてくれる様に感じます。
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by furtwangen | 2008-04-12 06:46 | 黒い森の小さな町
2008年 04月 10日

腕時計をひとつ作った!

明日がバーゼル時計メッセの最終日。
今回、僕の携った時計もこのメッセにどうにかギリギリ間に合って出品しました。メッセの始まる2週間前から初日の朝6時まで、ドイツでもこんなに働くことがあるのかと思うくらい、たーっくさん働きました。もうあの大変な追い込みから1週間たちますが、いまでも疲れが取れない感じです。寝不足も疲れの原因のひとつですが、それより、いつもはコンピュータで仕事している僕がこの2週間、10倍のルーペをつけて細かい作業をし続けた、一日平均12時間くらいそういう作業をし続けて、それで体が凝ったです。

でもがんばっただけあって、本当にいい時計が出来たです。想像していた以上にすばらしい、自分で言うのもなんですが、いろんな機能はない代わりに基本をおさえた作りで、機械時計の真骨頂みたいなのが出来たです。コンピュータの画面では、ずーっと前から予想図みたいのを見てはいましたけれど、やっぱり質感をもって目の前に現れると、ぐっと迫ってくるものがあります。会社の中でさえ誰もこんなにすごい時計になるとは思っていなかったと思います。だって、設計を担当している僕でさえ、ここまでは思わなかったから。そういう意味ではここまでこのプロジェクトを引っ張ってきた先生はやっぱすごいと思います。

実際これは自己満足じゃなくて、もう買ってくれる人が現れています。すごいことです。自分が設計を担当した腕時計が初めて、世に出るのですよ。まったくこっちに来て時計の世界でがんばってきた甲斐があるというものです。

しかし、これを口先だけでなく、完全に遂行するにはまだまだやることがたくさんあります。これから更に気を引き締めて、完璧な時計に仕上げていかないといけません。

この追い込みの騒動の間に、僕のProbezeit試雇の期間が過ぎまして、ついに本採用となりました。試雇の期間に時計を一個作ったんだから、我ながら随分がんばったものだと思います。本採用になっても相変わらず薄給で、その点についてはもう少しどうにかならんかなぁ、なんて思ってますけど、まぁともかくメシとお天道様はついて回ってきてくれてますから、あまり贅沢を言ってはいけない、当面はこれでよしとします。

0410:ちんころさん
苦労が(メッセという舞台で)報われる仕事に出会えた僕は幸せ者です。
あと何年雇ってくれるかわからないけど、出来るだけいい時計を作っていきたいです。
お見せしたいんですが、僕自身もまだあんまり見てないので、いつになるかなぁ。

H.Sutoさん
ありがとうございます。
いろいろ裏話はありますが、襤褸(ぼろ)がでますので、また追々にということで。

0411:佐々木康平さん
ありがとうございます。
時計学校で時計の勉強をしている頃でさえ、将来、腕時計の設計の仕事に携れるとは思ってもいなかったので、本当にいい仕事にめぐり合えたものです。ありがたいことです。

0412:紅蓮さま
コメントいただき、ありがとうございます。
Furtwangenの頃のことをご存知ということは、随分前から読んで頂いているんですね。ありがたいことです。
本をお書きになるというのも、クリエイチブなお仕事で、実際にひとつの本として完成させるにはいろいろなご苦労がおありだと思います。「創る」という作業は、傍からみると大した事ないように感じることもありますが、当事者となって実際にその作業を遂行し、ちゃんと仕上げるとなるといろいろなことに気を配って、精神的にも体力的にも本当に大変だと今回もつくづく思いました。
僕の場合、会社という組織の中で働いていますから、なんでも独断で決めるわけにはいかず、周りの人の意見や感性を程よく汲み取って作業を進めます。しかしそうするとどうしても物事の決定に時間が掛かり、工場で図面を待っている現場の人はイライラしてきます。しかしそういう「作業の実際」に耐えることこそが「創る」作業の本質なのかなぁ、と思ったりもします。
これからもよろしくお願いします。

0413:紅蓮さま
ご旅行は車でなさるのでしょうか。僕はいつも電車とバスで生活していますが、Triberg(始点)からFurtwangen(終点)へは7270番路線バス、乗り換えなしで30分くらいです。バスでFurtwangenへ入った場合は、直ぐに帰りのバスの時刻をチェックすることをお勧めします。本数が少ないので、下手すると、その日Furtwangenを脱出できなくなります(笑)
ブックマークの件、承知しました。僕も後日、紅蓮さんのブログをリンクさせていただくと思います。

0416:まさみさん
ありがとうございます。お久しぶりです。
あの頃はちょうどマイスター作品製作の時で随分愚痴ったような気がします。でもおかげさまで、今でもまだドイツにこびり付いてますよ。まさみさんも夢に向かって離陸の滑走路に入りましたね、おめでとう!
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by furtwangen | 2008-04-10 05:49 | 黒い森の小さな町