シュバルツバルトな毎日

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2009年 01月 30日

リストラの現場(3)

出勤途中になんとなしに口から突いて出た、さだまさしの「道化師のソネット」のメロディーが、一日中ずーっと頭の中でぐるぐる回っていました(笑)

今朝は購入部のおばさんと会社の駐車場から建物まで一緒になって、ふだんほとんど話さないから、「今朝も寒いですねー」と言った後、会話が続かず(笑)しょうがないから会話を繋ぐ気持ちで「だんだん従業員が減っていきますね」って言ったら、そのおばさん、明日が最後だって!このおばさんはまじめに働いていたから、まさかリストラの対象になるとは思ってもみなかった。だから、びっくりしましたよ、「えっ!」って。勤労20年だそうで...

会社の廊下を歩いていると、小さな会議室の中がガラスの扉越しに見えるんですが、不運にリストラの対象になった人が、個別にいろいろな手続きや説明を受けているようです。そんなにじろじろは見ませんけどね、通り過ぎるときに、ちょっと白目で撫でるように覗く。

明日は月末最後の仕事日だから、明日が最後になる人が多いと想像しています。お別れの握手、抱き合ったりで、大変でしょう。そして、来月からは新体制のもとで新たなスタートを切ることになる、と想像しています。

そうだ、明日は会社にこの州のテレビ放送局(SWRかな?)が取材に来る予定です。リストラにより頭数が減っていますから、僕は久しぶりに白衣を着て、工房で「いつも手仕事してます」みたいな振りをする予定です(笑)朝はよく顔を洗って、綺麗なシャツを着ていかないといけません(って誰も僕のこと見てないでしょうけど)
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by furtwangen | 2009-01-30 07:27 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 29日

リストラの現場(2)

出勤の時にときどき一緒になる関係で、最近になって少し話すようになったおじさん(Lさん)がリストラのせいで解雇されます。ここの会社に勤めて39年。10代後半からずーとここで働いているというから、彼の人生はいつもこの会社と共にあった、と言えるでしょう。1年ちょっとしか働いていない僕には想像も出来ないくらいの、寂しさというか空虚感が彼にはあるはず。

彼は、腕時計のケースの試作品を手作業でつくりする専門家で、はっきりいってスーパーマンです。そして、試作する専門家はこの会社で彼ただ一人のはずです。本当は会社としては彼を雇っておきたかったんじゃないかと思うんですが、(僕を採用してくれた)新しい社長が来てから、その社長が立ち上げる(僕の関わっている)プロジェクトには、協力しないと明言していて、それで、今回のような事態になりました。単純に考えると「プロジェクトに協力しない」なんて依怙地を張るほうがバカだと思うでしょうが、僕はそう思わないんです。彼はほとんど40年間会社のために働いて、それなりに彼のやり方や価値観があるはず。そんなところへ、若い社長が上から降ってきて、いろいろ会社の中をかき回すのをみて、自分の身の引き時を感じたのかもしれない。この会社のこともよく知らない若い社長が突然「右向けー、右!」と号令したところで、おいそれとは右を向きたくない。彼も職人ですからね、こだわりがあるはず、人生の生き方にも。

一方でDさんのことも書きたい。
Dさんも勤労およそ40年です。旋盤仕事、フライス仕事、あらゆる「製作」を担当しています。ともかく優秀で、彼の作るものはいつも完璧です。そしてもっとすごいことは、彼はもう50歳後半で、頭が固いはずなのに、去年初めて導入したコンピータ制御の機械を、たった数ヶ月間でもう使いこなしていることです。これには、ほかの同僚の間でも、本当にすごい人だということになっています。この人、ともかくまじめで、おしゃべりすることなく、働き続けています。そして、自分の無駄な話(例えば、昔はこういう風に加工したとかいう年寄りにありがちな古き良き時代の話とか、自分の勘違いの内容を延々と説明したりとか)はほとんど言わないで、相手の話を黙って聞ける、ドイツ人にしては珍しい人です。

このDさんは解雇されません。というか、Dさんは「絶対に手放したくない従業員リスト」のトップにくるでしょう、社長を差し置いても。彼を見ていると、周りの環境や価値観がどう変わろうと、ひたすら、物と向き合って完璧なものつくりに専念する、そういう姿勢を強く感じます。そして、そういう風に働いて、歳をとれば、歳に関係なく、必要とされる人材になれるんだなぁ、といま、リストラの嵐が吹き荒れる仕事場で、つくづくそう思います。
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by furtwangen | 2009-01-29 07:30 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 28日

時計のこと

今日は久しぶりに時計のことを書きます。
以前のブログでやたらと長く懐中時計の分解について書きました。
もうあれで、十分書き尽くしたと思っていたのですが、きょう、もうひとつ、普段あまり見ない部品、というか機構を見つけました。
a0207111_207041.jpg
これはMinutenradという歯車を分解したところ。普通は、左にある歯車の部品と、真ん中の棒みたいな部品が一つの部品。こういう風に3つに分かれているのは、最近の時計にはないと思います。

右の部品の軸上には分針がきます。めんどくさい話は端折りますが、ともかく分針は時を刻むだけでなく、リュウズからくる力で時刻の調整をされることがあります。そんなわけで、方法は別にして、写真左の歯車と右側のMinutenrohrの間にFriktion(摩擦抵抗)がないといけないのです。最近のと比べると、上の写真のMinutenradは、そのFriktionの発生する場所、面が違います。

上のような機構の場合、そのFriktionsflächeが少し小さいと思います。真ん中の軸に叩き込まれた右のMinutenrohrが少しでもずれると、そのFriktionの力がガクッと落ちると思います。これが、欠点。利点は、時計のメカを完全に組み上げてから、そのMinutenrohrを叩き込める。その際に、Minutenradの逆側の軸受けが叩き込む際の反作用としての受け皿にならないから、軸受けが壊れない。まぁ、僕はあまり経験がないから、利点や欠点を列挙するほどのことは出来ないんだが、なんとなく今日、分解しながらそう思った。

しかしこの懐中時計、少し修理を始めたんだが、はっきり言って重症だ。ほとんどすべての部品に手を加えてやらないと動かない。UnruhwelleのZapfenも両方とも折れているし、こりゃ、なかなか大変だ。
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by furtwangen | 2009-01-28 07:37 | 時計メカ
2009年 01月 24日

どうなるかね

つまらぬ事を2つ。
ひとつは、年始にこちらに戻ってきて最初にびっくりしたこと。BWチケットが1オイロ値上がりして、19オイロになっていたこと。空港から電車に乗るために自販機の画面を操作していったら、19オイロだと。「あれ~、違う券選んだかなぁ?」なんて、18オイロと表示されるとばっかり思っていたので、ちょっとうろたえました。以前は17オイロだったのに、あれからもう2オイロも値上がり。

もうひとつはパソコンのこと。少し前から、パソコン内からときどき、ブツブツ...という変なノイズが聞こえたり、それからワイヤレスキーボードから突然入力できなくなったりしたことがありました。それが、昨日、携帯のスイッチを切るときに分かりました。携帯のスイッチをパソコンの近くで切ると、パソコン内でノイズが発生して、そのあとキーボードが使えなくなりました。携帯とTastaturが使っている電波の周波数が近いのでしょうか。Tastaturには2,4GHzと書いてあります。パソコンを一度閉じて、再起動させると、キーボードはまた正常につかえます。

あの集会の日からもう二日も経ちましたが、会社側からは正式な通達なし。会社側からすると、経営委員会に通知すれば、それでよい、という考えなのかもしれません。解雇される人にはそれぞれに会社から通知が行くようですが、そうでない従業員には、いちいち一人一人呼んで、「あんたは採用です」とは言わないのかもしれない。こういうことがはっきりしない辺りが、駄目会社。

僕は、いまのところ何も通知を貰っていないし、「解雇されない」という話は2度ほど聞きましたが、「解雇される」という噂はいまのところないので、たぶん大丈夫でないかと思われます。(しかし、人生というのは最後の最後にどんでん返しが来るものですから、安心はできません)

昨朝は通勤途中で、梱包・発送を担当している従業員のおばさんと一緒になって、話しながら会社へ行きました。
「今日あたし、aufräumen(整理)しに来たの」「本当はあたし、もう今日来なくていいんだけど、まだ会社とSymparthieがあるから、まわりをきれいにして、今日か月曜日が最後のなると思うわ」と。
生き残りそうな僕が軽々しく「それは残念ですねー」って言うのもなんだから、下手に相槌を打たないで、彼女の古き良き思い出話のほうに話を持っていこうと、
「何年ここで働いたんですか」(こう聞かれて嫌な気持ちになる人はいまい)
「もう22年、Mädchenの頃のAusbildungの5年間もいれれば、27年よ」
(おー、そんなに長く!)
「解雇されるっていうのに社長が一言も挨拶に来ないのよ、ひどいでしょ」
(ほんと、仰る通り。あなたからみれば社長なんて若蔵ですものね)
「最初の13年は接客係として働いて、あるときはお客さんのための待合室が寒くて、おまけに1時間も待たされて、そしたらそのお客さん、ポンフリッツと???を買ってきてくれて、それ食べ放題!あぁ~、いい思い出だわ」

ん~、なかなか大変だなぁ、この小さな町の会社で10代から働いて27年。悪くはいえないけど、この人たちはたぶん他の世界を知らないね。だから、いまそれ相当の年齢で解雇されると、年齢の問題だけじゃなくて、「ほかの世界に目を向ける」っていうことだけでも、億劫な話だと思います。まぁ、このおばさんは多分旦那さんがいて、すぐに食扶持に困ることはないのでしょうけど。

自分の身がどうなるか、まだ定かではありませんが、ここドイツで本当にいろんな経験をさせてもらっています。
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by furtwangen | 2009-01-24 07:53 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 22日

リストラの現場

このブログに会社のことを書いてはまずいような気もしますが、表面的なことだけならいいかなぁ、と思って書きます。

前回の記事の終わりに書きましたが、今日は会社で大事な集会がありました。なんの集会だったかはあまり詳しく書きませんが、ともかくリストラが行われるということです。

リストラが行われること自体は、ずーっと前から社内のうわさで十二分に承知していました。さらにはその規模、人員削減の規模さえも、すでにおおよそ承知していました。集会に当たっての我々従業員の関心事は、「だれが削減の対象になるのか」です。

「だれが解雇されるのか」そして「どういう形で通知されるのか」

まったく胸を締め付けられるようなつらい集会です。削減規模は全従業員のおよそ25%。クビを切られる方も辛いですが、だれを切るか決めて、その人たちに言い渡す人たちも身を切られるように辛いと思います。そして、幸い残れる人も、諸手を挙げて喜べるはずもなし。生き残れるのは、クビになった犠牲者がいるからであって、そう思うとこの集会で誰一人、嬉しい気持ちになる人はいないはずです。

なにから書いたらいいか分かりませんが、まず結論を言うと、「だれが解雇されるか」はまだ分からない、ということです。しかし、もう削減対象者は確定しているとのこと。

まさか、「これから名前を読み上げられた方は解雇です!」なんて、みんなの前で発表されるわけない。どうなるかと思ったら、「自分が解雇されるか、出来るだけ早く知りたい方は、このリストに名前を書いてください。」ということでした。これに対する返事は、経営委員会(社内の労働組合みたいなもの)がする。

そう、もう委員会は知っているのです、だれがクビになるのか。だから、今日の集会では委員長のソンヤがずーっと泣いてました。我々ほかの者は、心配は心配だけど、ただ木偶の坊のように立って話を聞いている。しかし彼女は、彼女だけは知っている。このなかで誰が去らねばならないのか。

ソンヤは以前に何度か話してくれました。ここで働いている同僚というのは家族みたいなもんなんだと。こんな小さな町の会社なんだから、仕事場はただの金稼ぎの場ではない。喜びも悲しみも、ともに10年20年と分かち合う仲なんだと。

今朝はソンヤがわざわざ設計部にまで謝りに来ました、彼女が悪いわけでもないのに。「こんな事態になって申し訳ない。もっとプロフェッショナルな仕事をすべきだったとは思うが、雇用を守れなかった」と涙ながらに。いやー、ドイツ人には珍しい、泣いて謝るなんて。もちろん雇用を守れなかったのは経営側の責任で彼女はその後の処理を我々労働者側にたって本当によく助けてくれた。つまり彼女はそれだけショックを受けているんだな。

ちなみにソンヤは解雇されない。なぜなら労働組合員だから。この程度の削減規模で組合員を削減対象にしたらEGメタルが本気になって怒る。なんたって組合員は毎月組合費を払っているからね、こういうときに力を発揮するんだなぁ、と思いました。

ちなみに僕は組合員ではないので、削減対象になる可能性は充分あります。解雇されることになったら、ソンヤがいろいろな手続きについて手取り足取り教えてくれるでしょう。

もし僕が解雇されても、このブログは続けます。なかなか厳しいご時世でこの先どうなるか分かりませんが、いままでいくつかチャレンジするようなことをしてきましたし、そのつどブログで実況報告してましたから、その調子で解雇されても続けますよ。
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by furtwangen | 2009-01-22 07:58 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 21日

フライブルクへ

しばらく更新をサボりました。
週末はフライブルクの昔のホストファミリーのところへ行って新年の挨拶をしてきました。
一晩泊まりでしたが、今回は珍しく夜、劇場でのオペラやコンサートへのご招待がなく、静かに夕食をいただき、日本から持ってきたプレゼントをあげたり、日本で撮った写真を見せたり、まぁゆっくりと過ごしました。(夜、劇場に何か演目を観に行くときは、いつもせわしいです。)

僕は年末の誕生日プレゼントということで、
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この布団カバー、枕カバーをいただきました。

それにしてもフライブルクは暖かい。
最後の乗りえ駅であるオッフェンブルクまでは、僕の住んでいるところと同じような寒さなんだが、Freiburgは駅を降りた途端に、生ぬるいような空気が手の周りにくっ付いてきて、こりゃ別世界だなぁ、と思いました。

今は風邪がはやっているようであります。フライブルクのファミリーの家は長男が、ゴッホゴッホと咳で、そんなところに一泊したら完全にやられちまうなぁ、と。
会社では後ろのハンスがこれまたゴッホゴッホの咳で、どこにいっても誰かが咳をしている感じ。このまま風邪をもらわずに冬を越せるとは思えないくらいです。

さて明日いよいよ、会社で重大な発表があります。すべてが具体的になるはずです。明日の今頃、僕はうなだれているか、ガッツポーズか、いずれにしろ辛く、悲しい一日になるでしょう。
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by furtwangen | 2009-01-21 08:03 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 15日

夕方から雪

寒さは少し和らいできましたが、夕方4時ごろから久しぶりに雪が降り始めました。
もう暗かったので写真はありませんが、ものすごく降っています。
明朝どうなっていることやら。
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今日は写真がないから代わりにお魚を撮った。年末の帰国中もどうにかがんばって生き延びてくれました。その後水槽をきれいにして、少し住環境をよくしてあげました。まぁ、満足そうに生きてますよ(笑)
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by furtwangen | 2009-01-15 08:10 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 14日

今日も寒い

今日は短く更新です。

以前載せた写真の川、表面はすっかり凍って、子供たちがその上でツルツル遊んでいました。
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ついに左側の滝が完全に凍っています。
右のも、凍った部分が段々厚みを増して、なんだか辛そうに流れています。
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これは今朝、会社の敷地で撮りました。
魚の鱗みたいな結晶です。どうしてこんな風になるんでしょう。

0114:通りすがりの指圧師さん
これは、お久しぶり、お元気ですか。
そちらも腕に職をもって、その道でグングン成長してください。
ちなみに僕はドイツ語も仕事も下降気味。まぁ、ぼちぼちやっていきますよ。
今年もよろしくお願いします。
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by furtwangen | 2009-01-14 08:15 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 13日

ヒューズがとんだ

ということで、今朝起きて一番につけた電球で、ヒューズがとびました。
ものすごい爆発音で、コンセントのところと電球のところがバッ!と光って...こっちはまだ目が覚めきれていないっていうのに、まったく心臓に穴が開くかと思いましたよ。

おかげで台所の明かりがつかないわ、お湯が沸かせないわ、冷蔵庫は止まっちまうわ、水槽のポンプとヒーターも止まっちまうわ。日本は祝日だというのに、がむばって起きたら、まったくこのザマ。
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えーっと、コーヒーが作れなくて、暗いからパンにバターをぬれない、なんて寝ぼけた頭で考えながら部屋をうろつくこと20分(いや、被害状況把握に20分)。だんだん目が覚めてきて、ともかく冷蔵庫の物を外のベランダに出そう!(外は冷蔵庫みたいなもんだから)、あと水槽のお魚さんを救え!ということで出勤前からバタバタと。ベットの方のコンセントは生きているから、延長コード2つを繋げて台所まで引っ張ってきて、ともかくお魚さんのポンプとヒーターを稼動させる。これで、ともかくは会社に行ける。

帰りに3mの延長コードを買ってきたので、いまは台所の机の上をそれが蛇のようにグルッと這っている。おかげでいまはいつものように心穏やかにブログを書いています。オーブンや電気Platteは、とんだヒューズとは別の電気回路に属しているので、被害を免れました。不幸中の幸いであります。

今日は会社に行ったら、クラウディオに言われました、「今日、日本は祝日だろ!」って。なんで知ってるのか聞いたら、ラジオの株式市場のニュースで ニッカイ(nikkei:日経)平均株価が祝日のためなかったから、と言っていました。
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by furtwangen | 2009-01-13 08:21 | 黒い森の小さな町
2009年 01月 11日

プロフィール

ブログ管理人のシュバルツバルトです。
ドイツ南西部、Schwarzwald(黒い森)と呼ばれる地域に住んで12年目。
時計のことでどうにか生きています。

----- 当ブログについて -----

○当ブログは時系列的におおよそ以下のような構成です。

2006年6月~7月: フルトワンゲンでの時計学校時代
2006年7月~07年4月: Schwenningenでのマイスター試験準備学校時代
2007年5月~8月: フライブルクの手工業会議所時代
2007年9月~現在まで : 某時計会社で雇われの身となった生活の様子

○当ブログと当方の勤め先とは関係がないので、勤め先の社名や所在地は公表しません。

○コメント、歓迎します。当ブログには不適切と判断したコメントは、理由なしに削除します。ご承知ください。
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by furtwangen | 2009-01-11 08:27 | プロフィール