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シュバルツバルトな毎日

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2006年 07月 15日

ドイツの初等数学教育は崩壊している - その2

昨日の記事のタイトルは少々適切さに欠いていると感じたので、変更しました。
「崩壊」という表現は、ちょっと過激かもしれません。しかし、僕が3年間、ここで数学の授業を受け続けての実感です。授業内容の程度が低いだけでなく、その現状に対する危機感をここの人から感じない。そういう意味でこの言葉をタイトルに使いました。

それでは本題、きょうは2回目。

ここの学校では数学の授業のことをMathematik(または単にMathe)といいます。数学という意味です。しかし、Matheの授業でやっていることは、日本の小学校での算数の内容と同じです。基本的に数学と算数は違います。(数学は「数量および空間に関して研究する学問」(広辞苑!)であり、まともに勉強していくと多分に哲学的です。一方算数は具体的な数字を対象とし、その計算方法と練習が主な課題です。語弊を恐れずに申しますと、算数の世界では電卓が役に立ちますが、数学ではそれを必要としません)

だから、ここドイツの職訓では、Matheという言葉をやめたらいいと思うのです。やっていることは算数なのだから(授業では電卓を使います)。Rechnungみたいな名前の授業にしたらいいと思う。Matheなんていうと、いかにも高等なことをやっているような錯覚に陥る。職訓では純粋数学も応用数学もやらなくていいというなら、そのことを明確にするためにもMatheという言葉をやめてRechnungにしたらいい。
クラスの中でただ一人、将来Fachhochschuleへ進学できるように、Matheを他の人より2時間多く取っている子がいます。そのこと自体、向上心があってとても立派なこです。ただ、彼は数学の課題はなんでも関数電卓で解けると思っている節があります。例えば、初等積分でグラフの面積を求める問題を電卓で解こうとしているのです。話を端折りますが、つまり、ここの生徒さんは電卓を使わない数学の世界というものを知らない。だから、そういう数学的な課題が与えられても、どうにか電卓で解決しようという発想しか生まれない。この無理な発想は、「数学」をやっていないのにMatheという言葉を使うところから来る。日頃、Matheの時間に電卓を使って問題を解くから、いざ本当に数学的な課題がきても、電卓を使う算数的な発想で解けると勘違いしてしまう。
「僕達のやっていることは本当のMatheじゃないんだよ!」と、何度言いたかったことか。

昨日も少し触れましたが、ここでは数学が軽視されすぎています。
僕の感覚では、たとえば、小学校で習っている教科を挙げるとき、「国語算数理科社会」と言いました。国語と算数はどっちが大事か分からないけど、理科や社会よりは少し大事という感覚があった。(図工音楽体育に至っては理科社会よりさらに重要性が低いように感じていた)
中学からは英語が加わり、算数が数学と名前を変えた。それからは「英数国理社」といった。それでも、数学は英語についで2番目にあった。僕がここで言いたいのは、日本の教育では、算数・数学は比較的重要度の高い教科と認識されているのではないかということ。だから、小学校1年生から高等学校3年生まで、いつもコンスタントに時間が割り当てられ、それも週当たり4,5時間とかなりの量になる。

その数学に重きを置く価値観をここでは感じないのです。「英語はこれから大事だけど、Matheってあんまり生活に必要ないからそんなにがんばらなくてもいいんじゃない」という友達の忠告というか、価値観を聞いたことがあります。理科や社会と同じレベルか、またはそれ以下くらいに思っているのではないか。だから、いつになっても週1時間しか数学の時間がない。その意識、認識を変えないといつまでたってもドイツの生徒さんの数学能力は向上しないと感じています。

ドイツの初等数学教育は崩壊している -
その1/その2/その3/その4/その5/その6(最終回)

by furtwangen | 2006-07-15 05:47 | 時計学校@Furtwangen


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